山本能楽堂の事務局長を務める、山本佳誌枝さんを取材しました。
きらめく女性の応援ひろばでは、身近な社会である「地域」で活躍し、輝いている方を訪ね、活動の内容や経験談などから「輝き」のヒントを見つけます。
山本さんは、能楽師・山本章弘さんとのご結婚を機に山本能楽堂へ。
それまで能を鑑賞したことが数回しかなく、あまり詳しくなかったとのこと。
能公演の事務や裏方の仕事をこなしながら、能を知ってもらうための活動として地域との連携イベントなどを始めました。今秋は大阪府・市や区から委託を受け、「中之島のっと」や「船場を遊ぼう」などイベントを開催するなど活動が広がっています。
伝統芸能としての能の継承に尽力する一方で、海外公演などでも普及活動を広げて活躍され、また、地域とのつながりも大切にされている山本佳誌枝さんに「輝く」ヒントを伺いました。
◇再建は地元の力(現在の活動内容)
山本能楽堂は昭和2年から88年間、地域に愛される能楽堂として活動を続けています。中央区徳井町界隈の中大江地区にある中大江公園で毎年春に催される地域の祭である「桜まつりお茶会」では、ボランティアで能を披露しています。また、地域の名である「徳井」から取った「とくい能」を年に数回上演。横堀川の活性協議会にも参加し、能公演で地域の賑わい創出に貢献しています。
「昭和20年の大阪大空襲で能楽堂は消失してしまいました。ですが、地元の方や後援者のお力添えがあり、再建することができました。今の山本能楽堂があるのは地元の方のお陰です。
地元の方を含め能を知らない方に目にも触れる機会をと、自由にご鑑賞いただける『ストリートライブ能』は、高津宮や本町橋といった地元以外にも府庁や市役所ロビーや空港、ホテルのロビーなどの公共の場で80回以上公演しています。また、人形の街である松屋町の活性化を目的に人形組合の方にご協力いただき、ひな祭りにちなんで心斎橋駅で『リアル五人囃子』を披露しました。」
◇ある事業での出会い(活動のきっかけ)
どうすれば能の魅力が多くの人に広く伝えられるかと悩んでいた時期に、国内外からの訪問客が、「豊か」で「楽しく」、「安全」かつ「文化的」なナイトライフを過ごすことができる新たな夜型市場の開拓と拡大を図ることを目的に、大阪商工会議所が開催した『大阪ナイトカルチャー事業』に参加。担当者の女性と息が合い、一緒になってアイデアを考えてくれたそうで、異動された今でも大変感謝されているとのこと。
「その時に、観光客向けに英語字幕を作ろうという話になりました。でも、能の言葉をそのまま英訳しても、その内容がよくわからない。室町時代の言葉はそのままでは日本人でもわかりませんので。そこで、能楽師でない素人の自分たちが分かる日本語にしてから英訳するというプロセスで字幕を作りました。また、『ストリートライブ能』などの公演時に配る資料には演目解説以外にも能の謡を一緒に練習できる楽譜のようなもの用意し、その場でみなさんに謡っていただき、それから公演をご覧いただくなど、アイデアを盛り込みました。」
◇素人発想が垣根を超える。(挑戦と挫折)
『大阪ナイトカルチャー事業』を引き継ぐ形で夜公演として、能だけでなく大阪の貴重な文化資源である「上方伝統芸能」の周知と振興を目的に『初心者のための上方伝統芸能ナイト』(現在は、初心者のための上方伝統芸能SHOW)公演が2013年からスタート。能、狂言、文楽、上方舞、落語、講談、浪曲、お座敷遊びなどから4種類の芸能のハイライト部分を上演する企画で、体験コーナーを取り入れ、資料の配布や字幕の掲示など今までの経験を活かして取り組んでいます。「初めは能や文楽などと演芸である落語、浪曲、講談などには深い溝があり、1つの公演にするには難しい状況でした。新しい試みでしたので改めて一つひとつお願いにあがり企画を説明して回りました。『大阪の文化振興になるなら』と多くの方にご賛同いただき、公演が実現しました。大阪にはたくさんの芸能が今も残っているからこそできる、『芸能の都』としての大阪をアピールする、非常に意義のある試みになっています。」
能楽を「現代に生きる魅力的な芸能」と捉え直し、初心者でも気軽に参加できる公演や現代美術家の視点を取り入れた企画を行っておられ、能は特定の層だけが鑑賞する芸能とせず、新たなファン層の開拓につとめる活動は業界でも注目されています。
◇つながって、つながり合って(克服のポイント)
『初心者のための上方伝統芸能ナイト』の他に、現代アート作品とのコラボ企画、クラシック音楽やダンスとのミックスジャンルの新作能、アプリの開発まで、そのチャレンジは多岐に渡っています。
また、地域に大切にされ、地元向けの活動を行っている山本能楽堂。初心者向け体験型の「まっちゃまちサロン」、「能と遊ぼう!」では小学生対象の連続ワークショップを開催し、地域の来場者も多いそう。
結婚するまでは能に関してもイベントに関しても素人だった山本さん。自分自身でも今の状況に驚かされることもあるとか。
「地域や協力してくださるみなさんのお陰でここまで来れたんだと思います。同じ価値観をもつ仲間と出会うとそれでつながった人から次の人へつながる。つながり合うことで次々と広がっていきました。思いもよらなかった方と出会い、その方々が力を貸してくださる機会に恵まれたりと、いつもいろんな方に助けて頂いていて、感謝の気持ちで一杯です。自分の力ではどうにもできない人との出会いを、いつも非常にありがたく思っています。」
写真:辻村耕司
◇知る、深まる(活動してよかったこと)
それまでに、共演機会のなかった違うジャンルの人が出演する「上方伝統芸能ナイト」の開催により、つながりだけでないそれ以上の効果を生んでいるとこのと。今までは、互いの芸能を鑑賞するという機会がなかった人たちが他の芸能に触れ、自身の芸を再評価するといった現象が起こりました。
「能は700年前、文楽は400年前、落語は200年前に生まれ、能の面白さをベースに文楽が作られ、落語に能や文楽のエッセンスが入っています。一般の方にはとっては、こうした芸能の歴史を感じていただける『船弁慶三体』などの新しい企画がこの公演から生まれました。来年は真田幸村をテーマに文楽、講談、能楽による新作を制作します。また、最初はお互いを知らなかった出演者のみなさんにとっても他の芸能を知り自分の芸の世界を広げていただく機会になっていれば嬉しいです。」
◇楽しめる「ポイント」を見つけて(読者へのメッセージ)
「能に関して主人は『700年前の芸能で、室町時代の言葉がそのまま使われているので、わからなくて当たり前。理解しようとするのではなく、ノンバーバル(非言語)の演劇として、見てほしい』と言っています。抑揚や声のトーン、動きなどで、哀しみなど、感情を表現している芸能でもあり、海外公演では言葉が分からない外国の方でも感動してくださいます。難しく考えずに能を楽しんでいただければと思います。何か楽しめる『ポイント』を見つけられれば、そこを糸口に楽しんで頂けるのではないかと思います。」
楽しめる『ポイント』を持つことが大切であり、山本さんがこれまで活動を続けてこられたのは、「日々の生活の中で、いろいろな出会いが有難く、人との交流が全ての始まりです。交流を行なうことでこれまで知らなかった世界を広げることができると思います。」と言われるとおり、人と人のつながりから新しいことが生まれるという『ポイント』を楽しみながら出来たことが大きかったとのことです。
自分だけの力ではなく、いろんなつながりが能の世界を広げる原動力となっていると語る山本さん。能の伝統を継承しながらも、普及活動でその魅力を様々な見せ方で我々に届けてくれる山本能楽堂の今後の挑戦にご期待ください。
■企業情報
・会社名:公益財団法人 山本能楽堂
・会社設立:1922年創立。1945年再建。2006年登録有形文化財(建造物)指定
・当主:山本章弘
・所在地:〒540-0025大阪府大阪市中央区徳井町1-3-6
・連絡先 TEL / 06-6943-9454