「子ども時代に本物と出逢うことは物事の本質を見抜く力を養う」との想いから、絵本コンシェルジュとしての活動を始められた大林 恵(おおばやし めぐみ)さんをご紹介します。
今の活動の原点
今の活動のきっかけとなったのは、母の病気と東日本大震災の経験です。
学生時代は幼児教育を学んでおり、将来は「子どもたちが集まり幸せに過ごせる場所を作りたい」と漠然と夢を描いていました。
私は本が大好きだったので、大きな本棚と、子どもたちが遊べる庭のある場所が理想だなと考えていました。
その後、幼稚園教諭として勤務していましたが、結婚を機に退職し、大阪市内に転居しました。国内外問わず旅行を楽しんだり、マイホームの計画を立てたりと、順風満帆な日々を送っていました。しかし、ある日、母が甲状腺癌を患っていることが判明し、一刻も早く手術をしなければ全身転移の可能性もあるという厳しい状況になりました。
迎えた手術当日、母を手術室へ送り出した直後、病室を揺れが襲いました。平成23年3月11日の東日本大震災の発生でした。
母の手術は成功し、前例にないほどの回復力で元気になりましたが、当時はメディアから流れてくる映像を目にする度に、経験したことのない虚無感や無気力に襲われました。
平穏な日常はある日突然崩れてしまう。
車も家も何もかも津波が来たら流されてしまう。
簡単には崩れないものって何だろう。
津波が来ても流されないものって何だろう。
豊かな心、あたたかな思い出、人とのつながり、言葉。
そこから、何があっても崩れることのない、津波が来たとしても決して流されることはない、揺るぎないものを心の宝物として大切に生きていきたい、私の心の宝物がいっぱいになったら、誰かの喜びを自分の喜びに変えられる生き方をしていきたい、と思うようになりました。
その決意が、今の仕事に繋がっています。
店舗を持たない絵本屋をオープン
下の子どもが1歳を過ぎた頃から、地域の集まりで読み聞かせの担当や、絵本イベントの企画等に携わるようになりました。
絵本講師の資格を取得してから、「絵本のことなら大林さんに!」と声をかけてもらう機会もあり、絵本の紹介リストの作成や、選書依頼に全力で応えてきました。
活動の中で「私は絵本を読むのが苦手だから、上手な人に読んでもらえてよかったです。」「絵本を買っても子どもが破ってしまいます。絵本は高いし、買うのは躊躇してしまいます。」などの感想が多くありました。
しかし、私は絵本についての学びを深めることで、「絵本」は安心できる環境で、信頼できるおとなに読んでもらってこそのものだという確固たる想いがありました。絵本に対して多くの方が抱える問題を解決するための最初の入り口として、購入しやすい価格の古書の絵本を販売することを思いつきました。
ちょうどこの時期、京都の子どもの本専門店「きんだらんど」にて、絵本屋を養成する講座に参加する機会があり、子どもにとっての絵本、読み聞かせの意義や成長発達に沿った選書を学び直しました。
ここで培った選書眼をもとに活動していこう!
子どもの心にまっすぐ届き、おとなの心も満たしてくれる本物の絵本を集め、一冊一冊丁寧にクリーニングを施して、必要とされている方に手渡すという、店舗を持たない古書専門の絵本屋の営業をはじめました。
マルシェの出店や、近隣のお店の方や友人の繋がりなど、様々な人におすすめの絵本を手渡してきました。その中で、子育て中のお母さんたちの不安や悶々とした感情、家事と育児の両立で寝不足が続き、イライラしてしまうなど、いくら絵本が子どもにとって良いと思っていても、それどころではないのだろうと感じる場面が何度かありました。
私自身も、子どもが幼い頃に抑うつ状態の診断を受け、長らく服薬治療をしていました。貧血や自律神経の乱れで通院の経験もあります。あの頃は、どんな言葉も物も受け入れられないほど疲弊し、負の感情と日々戦っていました。
そんな状況を救ったのは、家族や周りの存在はもちろん、きれいな花を飾ることや、美術館で絵や作品に触れること、そして、毎日子どもと開く絵本でした。芸術や美しい物に触れて感じることで心が動き、身も心も少しずつ元気を取り戻していきました。
絵本を読み聞かせていると、子どもの気持ちが手にとるように感じることができ、また、選んでくる絵本を通して子どもの興味関心を知ることもできます。
身体の不調で公園に連れていくこともままならない中、ただ絵本を読むだけですが、この時間を通して、私と子どもの心が満たされて、生きることへの希望や本当の幸せを見つけられたと思っています。
この経験があるからこそ、ただ絵本を手渡すだけではなく、心が繋がるような対話、そして、気持ちが華やぐような空間作り、紙袋やおまけ、ラッピングにいたるまで相手を思い、心を尽くしてきました。
その甲斐があってか「大型書店や図書館では得られない絵本との出逢いがある」と嬉しい言葉をもらうことが増えてきました。
コロナ禍での活動
絵本の販売以外で印象に残っている活動は、3年以上携わった大阪市内のホテルでの絵本にまつわるイベントです。
コロナ禍で近場でのホテルステイを楽しまれる家族が多い傾向にあったので、そのホテルでの滞在がこの先もずっと思い出に残るものであって欲しいとの願いを込めて、様々な企画を立案し、毎月イベントを行いました。
夜8時頃からスタートする「おやすみ絵本の広場」では、ホテル内のソーシャルスペースに季節やテーマごとの絵本ライブラリーを開設し、訪れる宿泊者の選書の相談に乗ったり、オリジナリティのあるワークショップを開設したりしました。
また、親子連れの宿泊者には、事前に工作キットを部屋に届けておき、オンラインを繋いで絵本の紹介、クイズ、手遊びや歌などを子どもと楽しみました。今でも大変印象に残っています。
大変だったことは、体力面と金銭面です。
イベントの準備、絵本の勉強を続けながら販売する為の古書を仕入れ、クリーニングを施す作業は、膨大な時間がかかりました。
コロナ禍もあり、決して生活に余裕がある訳もなく、私の活動に対して家族の理解も今ほどは得られずにいました。
保育士と絵本コンシェルジュとの両立の生活から夢へのチャレンジ
絵本の店舗の開業資金をためる為に保育園でパートを始めたことが、一つ壁を乗り越えるきっかけになりました。体力的には辛かったものの、久しぶりの現場はとても楽しく、毎日子どもたちが自分を必要としてくれる喜びはこの上ないものでした。
保育士として子を持つ親の悩む姿や、子どもの様子を間近で見たことで、絵本屋の意義や在り方についても改めて考えるようになりました。そして、保育士として毎日生き生きと過ごすうちに、私の活動に対して家族の理解も深まり、店舗を持つ夢を後押ししてくれるまでにました。
店舗を持つ決意ができたのは、今までの活動で出会った多くの方の声があったからです。
「ここに来たら心が休まりました。」「絵本を読む時間なんてないし、育児に疲れてしんどいと思っていたけれど、ここに来て話をして絵本を選んでもらうと、自分でも頑張ってみようという気持ちになれるんです。」このようなメッセージをいただく度に、いつも同じ場所で、いつでも来ていただける場所を作りたいと改めて思いました。
本屋がひとつあることで、ここが癒しの拠点・学びの拠点のような場所になり、地域の子どもたちを取り巻く環境が少しでも良くなり、「私は幸せだ!」と胸を張って言える子どもが増えて欲しいと願っています。
夢や目標を実現したい女性へのメッセージ
私もまだ目標に向けて走り続けているところではありますが、目の前の相手を心から大切に想い、損得勘定を持たず、近道を探すよりも堅実にこつこつ努力することで道が開けてくると実感しています。
誰かの喜びを自分の喜びに変えられる生き方には行き詰まりがありません。誰かのためにともした灯りは、何倍にもなって自身に返ってきます。
利他に生きる人生は幸せだと私は思って活動しています。
今後の目標
2024年7月にオープンした絵本専門店の営業を精力的に進めていきたいです。絵本を求めてお店に来てくださる方が求めている以上のものを提供できるように務めたいです。
その傍ら、心が華やぐようなイベントを開催し、誰かの心に明かりを灯せるような機会を作っていきたいです。
此花区千鳥橋にいらっしゃることがあれば、是非絵本専門店suite roomに遊びに来てください。「絵本は子どもたちがはじめてふれる芸術」です。「子ども時代に本物と出逢うことは物事の本質を見抜く力を養う」と考えています。
私が厳選した子どもの心にまっすぐ届く、また、おとなの心にも静かに寄り添う、そんな美しい絵本を取り揃えています。何を選んだらいいか分からない、大切な人へ絵本を贈りたい、そのような時は是非お声がけください。対話を通して、おすすめの1冊をご提案します。
子どもには生きる力の種となるような一冊を。おとなには今を生きる力をくれる一冊を選びます。
みなさんに寄り添う絵本専門店suite roomになれたら嬉しいです。
此花区在住。絵本コンシェルジュ。
幼稚園教諭2種免許・保育士資格・絵本講師資格を所持。
2021年9月「こども時代に本物と出逢うことは物事の本質を見抜く力を養う」との想いから、質の高い絵本と出逢える場、店舗を持たない絵本屋をオープン。これまで、500組以上の親子と子育ての喜びを分かちあいながら、絵本を手渡す。絵本講座は大阪市内の幼稚園やホテル、親子サロンなどで実施。出張絵本屋さんイベント、子ども向けのイベントでは企画や選書、設営に携わる。
2021年には大阪市城東区「絵本で子育てみんなで子育て」推進事業に参画。
2024年7月此花区に、良質な古書絵本と新刊絵本を扱う絵本専門店suite roomをオープン。
https://www.instagram.com/sui_t_e/